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欠陥人間の考えたことを綴っていくよ

さよならGW

平成最後で令和最初のゴールデンウィークが終わった。

連休中は実家で過ごし、地元での音楽のイベントへの出演と、家族と一緒に「実家の実家」に行く予定だった。初日は新幹線が混み合いそうだったので、連休前日の切符を取っていた。

4月25日

移動する日の前日の夜から、自分の精神に限界を感じた。荷物をまとめるつもりが夕方から夜にかけて寝てしまったため、ギリギリまで荷物をまとめられなかったし、そもそも荷物をまとめる気すら起きなかった。だいたい、キャリーバッグすら持っていない人が10泊分の荷物を持って移動することがおかしい。唯一の心の救いは音楽のイベントと、地元の友人2人と会うことくらいだった。

4月26日

当日になり、たまたま早起きができたのでようやく荷物をまとめ、10kg以上ある楽器と、10泊分の着替えを持って、出発時間ギリギリになんとか間に合い、満席の新幹線に乗り込んだ。

友人は、1人はすぐ連絡がついて会うことができたが、もう1人は4月末に会おうと話がついていたのにも関わらず、一向に連絡がこなかったので諦めた。まあなんか旅行好きなのできっと忙しいんだろう。きっと自分のことなんて忘れられている、そんな悲観的な気分になってしまった。

大学の最寄駅前にある個人経営の中華料理店に行ったら、団体客で溢れかえっていて忙しそうだった。定食のライスが今までにない不味さだったのをはっきりと覚えている。

平成最後の、10連休前夜の金曜日……そんな世の中の人間が浮かれ遊び呆けても許されるような日くらいは、せめて好きな人(ここでいう好きな人とは、自分の今後の人生を捧げられるようなレベルの「好き」です)と過ごしたかったが、そんなことは私には出来ようがないので仕方がなかった。

4月27日

連休初日。友人と遊んだ翌日は、何をしていたのか記憶にない。どうせ虚無をしていたんだろう。実家で過ごすのは想像以上に苦痛で、一刻も早く帰りたいと願った。確かこれくらいのタイミングで、「連休最終日に『実家の実家』から東京の自宅へ帰るための列車の空席状況」を調べたら、既にどの便もグリーン車まで満席となっていて、それが帰りたさを更に加速させた。

4月28日

その翌日は音楽のイベントの日だった。会場に行くついでに、イラついて帰りの切符を買った。

イベントはおおむね楽しく過ごすことができた。その日初めての試みをした部分もあり、自分の演奏にあまり納得が行かなかったが、最終的には周りの方々に良かったと言ってもらえたので、まあ良かったんだろうと思う。

地元に帰って、家族と食事をした。どんな会話をしたのかは覚えていない。恋人はいるのかとか、スマホの使い方を教えて欲しいとか、初任給で妹に何か買ってやれとか、どうせそんな下らない会話だったと思う。

キャリーバッグを持っていないのが限界だったので、東京の家を出る前に、連休中に実家に届くように、ひっそりと注文していた。初任給はあれど痛い出費だった。そのキャリーバッグが実家に届いたので、持ってきた荷物や実家から持っていく荷物なんかをパンパンに詰め込んだ。

家族に、明日の新幹線で帰ることを告げて、寝た。

4月29日

昼間の新幹線に乗る予定だったので、午前中に駅へ向かった。列車の中ではスマホをいじってだらだらと過ごした。夜行バスばかり使っていたので、新幹線はあっという間に感じた。

東京の家に帰宅した時はほっとした。やはり自分の家が一番だ。毎晩毎晩、人に干渉されて過ごさないといけないのがこんなにストレスだったとは思わなかった。

安いチケットを取ったとはいえ往復2万、キャリーバッグが1万2千円くらいしたので、合計で3万円以上は吹っ飛ばしたことになる。元々他人といるのも苦手だし、金もたくさんあるわけじゃないし、ホームシック(?)な体質なので、出来るだけもうやりたくない。

連休前半は、そんな感じで幕を閉じた。

4月30日

何をしたのか記憶にない。Googleマップのタイムラインを見てもほとんど家から動いた形跡がないし、きっと家のベッドの上で虚無をしていたんだと思う。

近所のラーメンでも食べに行こうかと思ったけど、今までに見た事ないくらいの行列で諦めた。平成最後の日で世間がワイワイしている中、メンタルがやられて、カップ麺を3つくらい一気に食べたような気がする。

5月1日

年号が変わっても、自分の生活は大して変わらなかった。巷では令和18年を省略するとR-18になるとか騒めいていたが、そんな先まで私は生きているんだろうか。

近所のスーパーに出かけて、肉を買ったのでせめて楽しく焼いて食べようと思ったけど、やる気も食欲もなくて断念した。あとはだいたいベッドの上にいた。

5月2日

見知らぬ誰かにご飯を奢ってもらった。あとはベッドの上にいた。

夜は買った肉を焼いて食べたが、なんだか悲しい気分だった。

5月3日

一日中ベッドの上にいた。

5月4日

一日中寝たきり生活をするのもそろそろマズいと思い、原宿に出かけた。朝シャワーを浴びて、久々に体重を測ったら3キロも増えていた。この時点で今月は既に5万円分くらいカードを切っていたが、何か買ったら気分が良くなるような気がした。

ある程度買いたいものは決まっていたが、目当てのものは在庫切れで、店を見て回ったり、店員さんとおしゃべりをして過ごした。結局、特に買い物はしなかったが、電車に乗って外に出ただけで充実した1日を送ったような気がする。

5月5日

酒を飲んで、一日中ベッドの上で過ごした。12時間くらい睡眠した。虚無だった。

誰かが百貨店の屋上から飛び降りたというのを意図せず見てしまい、動悸と過呼吸と闘った。

5月6日

連休最終日。午前中は予定があったが、半分くらいは期待を裏切られた。けれど、自分の中の何かは満たされたし、ベッドの上で虚無の時間を過ごすよりは良かったんじゃないかと思う。

午後は半年ぶりくらいにゲームセンターに行った。良い気分転換になった。体を動かすことの大切さを実感した。化粧品と食料を買って帰った。

何人かの友人とLINEのチャットで会話をして、自分の中の寂しさみたいなものは満たされた気がする。人とのコミュニケーションも、精神衛生上大切なのを実感した。

夜は頭痛が酷かった。頭痛薬を飲んでも一向に治らなくて、現にしんどい。熱を測ったら微熱があって、外は風も強くて寒いのに、部屋がやたら暑く感じたのはそのせいだったのかもしれない。連休最終日に風邪だなんて困ったものだ。巷ではインフルエンザも流行っているようだ。連休中はほとんど引きこもっていたというのに、感染でもしたんだろうか。そうだったとしたら不運にも程があるな。

5月7日

10連休が終わった。ほとんど虚無で過ごしてしまった連休の過ちを繰り返さないように、ブログに連休中の出来事を綴った。

あまりにも身体が熱く感じるので、風邪薬を飲んでおいた。朝になってしんどかったら、まあ病院でも行っておきます。

結局暗い記事になってしまったし、何がやりたいんだろうって感じですね。

そろそろ私は文章を見返して、投稿ボタンを押すだろう。

さようなら平成、さようなら私の10連休。

またどこかで会いましょう。