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欠陥人間の考えたことを綴っていくよ

聞いた音楽まとめ2021

人生が悲惨すぎて話せないことが多くなってしまい、気付いたらまた師走になってしまった。話せることはまた別の機会に書くとして、久々に軽く明るい話題でも書こうかなと思う。

某老舗音楽統計サイトで自分が聞いている音楽を記録して放置している状態だった。というわけで今回、私が(主にSpotifyで)2021年に聞いた曲の再生回数の記録を掘り返してきたので、何曲かピックアップして振り返っていく。


この記事は 自分のことを好きなだけ話す Advent Calendar 2021 2日目の記事です。

自分自身のことではないけれど、自分がハマった好きなものの話とかでもOK、ってことなので、自分がハマった好きなものを好きなだけ語らせていただこう。

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今日で人生を終えるつもりだった

時間の流れというものは残酷だ。気付いたら2020年も終わりを迎えようとしている。そんな私は明日、この世に産まれ落ちてから25年目を迎える事になる。

この記事は 自分のことを好きなだけ話す Advent Calendar 2020 11日目の記事です。


何故このタイミングで人生を終えるつもりだったのかというと、自分の人生でやりたかった事をやり尽くしたから。それに、干支が二回りして、四捨五入しても20でいられる年齢だ。キリがいいじゃないか。25歳になっても独り身だったら自殺しよう、と決めたのは、去年か一昨年くらいだっただろうか。

作りたい芸術作品や、音楽を作った。音楽や芸術を仕事にするのは向いていないのは分かっていたから、Webデザイナーになりたくて、その夢も叶えた。念願の一人暮らしもした。ずっと着たかった服を着て、なりたかった理想の自分の格好もした。恋人と同棲して、専業主婦っぽい事もした。改名して、女性として生活をして、満足した。ほとんどの夢は叶った。充分幸せだった。

では、何故これ以上生きたくないのか。これも答えは簡単で、今後の自分の人生に幸せを見出せないからだ。

もうこれ以上生きていても、単に老化していくだけだ。歳を重ねる毎に、誕生日を迎えることがどんどん苦痛になっていく。もう「美少女」も名乗れなくなって、好きな格好も出来なくなる。

恋愛でも苦しみたくない。実のところ、これが今最も私を苦しめている原因な気がしている。私が心から愛している人と結ばれることがもう出来ない事も、私のような中途半端な身体の人間に価値が無い事も、充分に思い知った。そうしているうちに、周囲の同年代の人々は次々と結婚していく。元々友達の少なかった私は、彼らや彼女らと、友達として気軽に遊びに行くことも出来なくなり、私だけが世界に一人で取り残されていく、そんな気がした。他人の気持ちや心というものは、どれだけ努力しても手に入らないのだと思い知った。

鬱だったり、障害を持っていることもあり、たいして仕事も出来る方ではない。上を目指して金を稼ぎたいわけでも、金持ちになりたいとかもない。何よりも、これから先定年まで繰り返しの毎日を過ごす事になると考えると、苦痛で仕方がない。

でも、どうして死ねないんだろうか。今日、死ねなかったんだろうか。

一つは、いつでも死ねる事が分かったから。ODや首吊りなど、何度も自殺未遂を繰り返しているうちに上達した……、というのは語弊があるけれど、「こうすれば死ねる」というコツを掴んで、安心感みたいなものを得たのかもしれない。

もう一つは、まだ仕事があること。数ヶ月前、会社の倒産で職を失い、貯金が底をつき、節約のため外出したり遊んだりという事は全くしなかった。家に引き篭もって、箱買いしたレトルト食品を食べては寝て、たまに役所やハローワークに出向くだけの、何の楽しみもない毎日。その時は本当に自殺しかないと思っていた。けれど案外、仕事というものはその辺に転がっているものだった。これをこなすまでは、死ぬ事はできないだろう。

そして私はまた、「今日も死ねなかったね」と手首に傷を刻んだ。きっと明日からも、今後絶対に手に入らないであろう物や他人の心に、僅かな希望や運命があると信じ続けて、心と身体を自傷して、いつまでも生きるのだろう。

月は嫌いだ

そういえば、去年の誕生日は満月だった。

ベランダに出て煙草を吸ってみると、今日も月が輝いているのが見えた。

満月を見ていると、どうしてもあの有名な言葉が浮かんで憂鬱になる。私には、誰も愛してくれる人なんていないから。

月は眩しい。夜空に無数にきらきらと輝く星々が見えなくなってしまうのも、あまりにも明るい月が、星空をかすめてしまうから。

せめて月がもう少し大きかったり、地球に近い場所にあったらいいのに。昼間でも地球が月の影に入って、1日に2回以上夜が訪れるかもしれない。そして、きっと間近で見る三日月は、さぞ綺麗で美しいだろう。

しかし、無数の星々が光り輝く星空を見ていても、自分にはそのような人生を送ることはきっと無理なんだろうな、と思って苦しくなる。

毎日見ているのに。夜道を優しく照らしてくれるのに。私の行く先を導いてくれるのに。温かく見守ってくれているのに。どこまでもついて来るのに。すぐそばにある気がするのに。綺麗なのに。きっと、あなたにも私が見えているはずなのに。

必死に手を伸ばしても、声を張り上げても、届かない。触れられやしない。自分の意思で動かせるわけでもない。気がついたら見失ってしまう。なのに、欲しがってしまう。

結局は、何を見ても憂鬱なんだろうと思った。

この人は性犯罪者の素質がある、と思った

「学生さん?」私は煙草を吸いながら、首を横に振った。
「社会人?」うん、と頷いた。
「どこ出身?僕は大阪」
「私は名古屋っすね」
「……だみゃあ!じゃん、だみゃあ!」

おじさんの、低くて静かだけれど、微かに笑いの混じった声は、蔑みも含んで聞こえた。名古屋弁を使っている人間をまともに見たことがない私は、その馬鹿にするような言い方が面白おかしくて、のけぞって、裏返るような大声で笑った。
「アハハハハハハハハ!そんな名古屋弁なんて使ってる人いないっすよ!生まれは新潟なんすけどね!」
「名古屋と新潟……って、どういうこと?何繋がり?」

私は、名古屋なんかよりも、生まれ故郷の新潟の方が、暮らしていた時間は遥かに短いのに、何故だか愛着を感じていた。私が生まれてすぐ名古屋に引っ越してきた理由も、そういえばよく知らなかった。だから、適当に誤魔化した。
「アハハハハハハハハ!分かんないっすねえ!やっぱ味噌じゃないですか?」
おじさんはキョトンとしていた。冗談混じりで、私は続けた。
「ハハハハハ!新潟の味噌はうまいっすよ。新潟は味噌もうまいし米もうまいし酒もうまい!」

日本酒なんてほとんど飲んだことはないけれど、米と酒がうまいのは周知の事実だった。味噌は世間一般にはそんなに知られてないと思うけど、多分、おいしい。私はそう思う。暫くのそんな会話のあと、おじさんは続けた。
「僕の娘と同じくらいの歳だぁ、飲みすぎないように気を付けろよ」
私は「娘と同じくらいの歳」と言われたのが余計に面白おかしくて、「アハハハハハ!は〜い!」と適当に返した。「酔わん程度にな」というおじさんの声を背にして、泥酔した私は、適当に手を振りながら喫煙所を後にした。

自分を大事にするって

あるお嬢様は言った。「自分の大事なものを大事にできないやつは、いつか何もかも失うんだぞ」。

ある夫は交通事故で何もかもを失った。夫婦喧嘩の度に、「相手を負かすために傷つけるようなことも言った」顛末だった。

理由はよく分からない。けど、世の中はそういう仕組みになっているのかもしれない。では私は、自分の大事なものを大事にできていただろうか。大事なものを酷く言ったり、貶したりしていたのではないか?

一番大事な趣味ですら、貶していたかもしれない。例えば、「音楽なんて金がかかるだけ。音楽をやっても努力と承認欲求の満たされ方がわりに合わない」とか。

はたまた、自分のことですら最低な欠陥人間だと思っているし、しょっちゅう自虐や自傷をしていた。

べつに、音楽なんて大事じゃない。自分なんて大事じゃない。……本当はそう思いたかった。大事にしないといけないのは分かりきっていた。なのに貶してしまう。

だから、何もかもを失いかけた。自分の生命や、他人から注がれる愛ですら。

では逆に、私が大事に出来ていたものって、何なんだろうか。

その問いの解は、すぐに分かった。「何があっても、自分のことを精一杯愛してくれる人」だった。大事だから、貶したり、傷つけたりはしない。他人に悪く言ったりもしない。少なくとも、いまは、そうだ。

私が、ほんとうに大事に出来るものは、それくらいしかないと思った。大事なものを大事にしたら、なんとなく、自分のことも大事に出来るような気がした。だって私は、大事なものを愛しているし、それに愛されてもいるから。

私の大事な人は沢山いる。けれど、自分のどれだけ大事な人でも、相手から大事にされないなら、身を切ってまでその人を救うのは、もうやめよう、と思った。人間が救える人の数には、限りがあるんだと知った。その数は、ただでさえ余裕がない私には、ごく限られていると思った。何もかもを失う前に、少しでも、自分と、自分を愛してくれる人のことを、大事にしようと思った。

だから私は、不必要に人に救いの手を差し伸べるのは、もうやめる。


気がついたら、缶チューハイを途中まで飲んで、灯りをつけたままベッドに倒れ込んでいた。浅い眠りを、繰り返していた。

4時なのにもう外が明るくて、鳥のさえずりが聞こえた。初夏の東京の朝は、こんなにも早い。それが、なんだか面白おかしかった。私は、飲みかけの缶チューハイを空にして、また布団に潜り込んだ。